2015年01月20日

中国への引っ越し

昨年末横浜に引っ越すまで滋賀県長浜市である会社の寮監を務めていました。
寮には太陽光発電のパネルの部品を作る会社の中国人実習生が大勢住んでいましたが、第5期の実習生を最後に中国からの派遣が途絶えてしまい、寮は閉鎖されました。

彼らの生活は本当に質素で、給料の殆どを貯金していたようです。
寮の敷地は湖北の広大な土地でしたからその一部を耕し、野菜を作っていました。彼らの一部が中国東北部の農家の出身でした。

タンパク質は琵琶湖の沼地に生息する鮒がメインで、時には鯰も釣ってきて料理していました。肉類は定期的に中国人が冷凍した鳥や豚、牛肉を車に積んで売りに来ていました。私も何度か彼らの中のリーダーが作った料理を頂きました。

中には遠慮したのもありましたが、口の中が火事になったように辛い物が大部分で、慣れるまでは大変でした。でも、慣れてしまうととてもおいしく頂けるものが多く今でも懐かしく思い出します。

中でも帰国後も再来日して電話をかけてくれる袁さんとは、良く外食をしました。彼は中国でも大手の会社の日本駐在員として両国間を行き来しています。

11月半ば全員が帰国しましたが、3年間日本で生活をした割には荷物が少なく最初に2つ3つ国際郵便で送っておいて、帰りのバスにはスーツケースを両手に持ち乗り込みました。

ところが袁さんの場合、日本で購入したTVのどでかいモニターを中国に運ぶ業者が見つからず、空港行きの貸し切りバスに乗る着前まで我々をやきもきさせてくれました。

月まで物を運び込むことが出来る現代に、中国に荷物を送るのにあれ程すったもんだするとは夢にも思いませんでした。

彼等との生活には本当に色々な事がありましたが、最後の最後までやきもきさせられました。でもとても楽しい年月でした。

彼らは皆貯金をし(3年間で300万円貯めた子もいました。)、家族が待つ我が家へ帰って行きました。日本の工場での労働経験が活かせて就職も有利にできます。

私も嵩山少林寺の近くか、陳家構に引っ越しして少林拳や太極拳をゆっくりと学んでみたいものです。

今はマスコミの影響でアジアの国同士は中が良くないですが、人生いずれ天国か地獄に引っ越しする訳ですから一度は海外での生活も良いものですよ。

かつて海外からやって来る若者20人以上のホストファミリーを務めた経験からそう思います。

posted by ミスター at 06:43| Comment(0) | やおつり | 更新情報をチェックする
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